10/1/23
「入館5分前を過ぎてしまいましたので、無断キャンセル扱いとさせていただきます… 」
10月1日 日曜日午前 7時57分、私の朝は絶望的なこの一本の電話で始まった。
最近、以前ほど朝早く起きられなくなった。仕事が忙しくて疲れている…というのは以前からずっと変わらないのでただの口実に過ぎない。今まではほっといても6時7時に起きていた体だったのだが、今では週末はお昼近くまで寝ていられるような体になってきたのだ。気持ち1時間早く起きようとすると、「まだ起きないで!」と体が悲鳴をあげているような気がするのだ。
そんな中私は、家から徒歩10分のホットヨガスタジオで、朝8時開始のレッスンを予約していた。確かに、もっと早めに起きた方が良かったかもしれない。が、特別遅く家を出発したつもりはなかった。また今までもレッスン開始直前にバタバタと入室している受講生も見てきたので、ギリギリでも大丈夫だろうと楽観視してた。
電話がかかった頃にはもうスタジオのすぐ下の交差点にいた。
「あ、すぐ着きます…!」
「あ、そうなんですね!」店員は明るく回答してくれたが、結局本日予約分は無断キャンセル扱いとなり、レッスンは受講できないと言われた。
考えてみれば当たり前のことで自分が悪いのだが、「もうウェアは着てるし、入室するだけじゃないか!」と反論したかったのでダメもとでスタジオに急いで入ったものの、快い笑顔のもと、店員に追い出されてしまった。
10年近くもOL(?) をやっていると、些細のことでは動じず、割とどんな出来事でも受け入れられがちなのだが、その瞬間私が味わった絶望は大きかった。あと2、3分早く家を出発していたら、今頃私は熱いヨガスタジオの中でストレッチをしているはずだった。日曜日に頑張って朝早く起きたのに…その後のクラスを受講できると言われても、もう11:00から次の予定が入っているのだ。今日の「ヨガ」という枠は、朝8:00〜9:00以外の選択肢はなかったのだ。
悔しさと情けなさを噛み締めながら、私は、酔っ払って倒れていた男性の横を歩きながら、彼から少し離れた別のベンチに腰掛けて気持ちを落ち着かせた。幸い、PCは持っていたので、家に帰らずどこかカフェでも入るかな…
そんな思いが頭をよぎっていた時、しっかりとスーツをまとったご高齢の男性が私の前に立ち止まった。しっかり、と言えどもサイズはぶかぶか、さらには重たそうなバックパックを背負っていて、休日の朝に何をしている人なんだろう…という疑問が湧いてきたけど、気づいたら私に話しかけていた。
「やっと涼しくなりましたね」
私は見知らぬ人に話しかけられると、ぎこちなくなくなって目を逸らしがちなのだが、もはやこの時の自分はいつもの自分ではなくなっていたので彼を向いて返事した。
「え?あ、はい…」
「お散歩…ではないですよね?朝早く活動するのはいいことですね」
…確かに、散歩ではない。ただ、まさか朝ヨガに遅刻して追い出されて、どうすればいいかわからないのです、とは言えない。
「は、はい…ありがとうございます」
男性は続けた。
「自分はよくこの辺りを散歩します。昨夜、久しぶりに英語をみましてね。『Casablanca』という映画です。ご存知ですか?主演はイングリッドバーグマンと誰だったかな、そうだ、ハンフリーボガート。あと、遠藤周作、という作家ご存知ですか?原作遠藤周作の『沈黙』、英語ではSilenceかな。それもみました。どちらも素晴らしい映画だった」
なぜか私だけに「英語では ~~」と丁寧に説明してくれる人が多い。「はい」しか連呼してないに私は日本語が不自由そうに見えるのかな…また余計なことが頭をよぎった。男性は続けた。
「天国に行ったはずの人も、映画の中では生きているかのように動いているんですよね。それが、映画というものなのかもしれない。あ、すいませんね、お忙しいところ」
そう言って彼はトボトボと散歩(?) を続けて去っていった。
本当に不思議な会話だった。Casablancaももちろん昔みたことあるし、遠藤周作も詳しくはないが知っていた。まさかこんな朝に聞く名前とは思ってなかった。
そうだ、また映画でもみてみようかな…
もしかしたら、彼の近い知り合いで、天国に行った方を思い出したのかな…
そう思っているうちに、数分前に味わっていた自分の絶望的な気持ちは消え去っていた。たまには、こんな朝もあっていいかもしれない。分刻みで予定が決まっている東京での日々。いきなり予測外の出来事が起きてしまうと機能不全になっていても、人生は全く楽しくない。あらゆる出来事を糧にできるよう、ポジティブな日々を過ごしたい。
時計を見たらまだ8時6分だった。近くでモーニングの美味しいカフェに向かうこととした。